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大阪地方裁判所 平成11年(行ウ)21号 判決 2000年12月08日

原告

右訴訟代理人弁護士

水野武夫

籠池信宏

野村高志

水野武夫

訴訟復代理人弁護士

阿部秀一郎

被告

吹田税務署長 宮本博

右指定代理人

黒田純江

原田一信

高谷昌樹

塩谷邦幸

水野俊生

浅野由佳

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が原告の平成六年分所得税について平成九年二月二五日付けでした原告の平成七年一〇月三日付け更正の請求が理由がない旨の通知処分を取り消す。

二  被告が原告の平成七年分取得税について平成九年二月二五日付けでした更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。

第二事案の概要

一  前提事実(争いのない事実)

1  原告は、平成六年四月一一日、訴外A(以下「A」という。)との間で、Aが原告に対し、生命保険募集に関する業務を委託する旨の個人募集代理店契約(以下「本件代理店契約」という。)を締結した。

また、原告は、訴外B(以下「B」という。)との間で、原告がAから得る代理店報酬が全てBに帰属する旨の記載のある平成六年五月二日付け正社員労働契約書(乙二)を取り交わした。

2  平成六年分所得税について

(一) 原告は、平成七年三月一五日、被告に対し、平成六年分所得税について、別表「平成6年分」「確定申告」欄記載のとおり確定申告をした。

(二) 原告は、右確定申告において、Aからの本件代理店契約に基づく代理店報酬(以下「本件代理店報酬」という。)に係る事業所得の金額及び源泉徴収税額が申告漏れであり、還付金額に相当する税額が増加するとして、平成七年一〇月三日、被告に対し、別表「平成6年分」「更正の請求」欄記載のとおり更正の請求をした(以下「本件更正の請求」という。)。

(三) 右更正の請求に対し、被告は、平成九年二月二五日、原告に対し、更正をすべき理由がない旨の通知をした(以下「本件通知処分」という。)。

(四) 右処分につき、原告は、平成九年四月一五日、被告に対し、異議の申立をしたところ、被告は、平成九年七月七日、異議申立棄却の決定をした。

3  平成七年分所得税について

(一) 原告は、平成八年三月一八日、被告に対し、平成七年分所得税について、Aからの本件代理店報酬に係る事業所得及び源泉徴収税額を、総所得金額及び納付すべき税額の計算の基礎に算入して、別表「平成7年分」「確定申告」欄記載のとおり確定申告をした。

(二) 被告は、平成九年二月二五日、被告に対し、別表「平成7年分」「更正処分等」欄記載のとおり更正(以下「本件更正処分」という。)及び過少申告加算税の賦課決定(以下「本件賦課決定処分」という。)を行い、原告に通知した。

(三) 右各処分につき、原告は、平成九年四月一五日、被告に対し、異議の申立をしたところ、被告は、平成九年七月七日、異議申立棄却の決定をした。

4  原告は、本件通知処分並びに本件更正処分及び本件賦課決定処分(以下併せて「本件各処分」という。)を不服として、平成九年八月四日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、同所長は、平成一〇年一二月一四日付けで、右審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、右裁決書謄本は、平成一〇年一二月一七日ころ原告に送達された(送達年月日については弁論の全趣旨により認められる。)。

5  なお、課税の経緯は別表記載のとおりである。

二  原告の主張

1  本件各処分の違法性

(一) 法一二条の解釈

被告は、所得税法(以下「法」という。)一二条を理由に本件各処分を行ったものであるが、憲法が租税法律主義を採用して法的安定性を尊重している趣旨に鑑みれば、同条は、課税物件の法律上(私法上)の帰属につき、その形式と実質とが相違している場合に実質に即して帰属を判定すべき旨を定めた規定と解すべきであり、課税物件の法律上の帰属と経済上の帰属が相違している場合に経済上の帰属に即して課税物件の帰属を判定すべき旨定めた規定であると解することはできない。右解釈は所得税法基本通達一二―一が資産から生ずる収益の帰属につき当該資産の真実の権利者がだれであるかにより判定すべきとしていることとも整合する。

(二) 本件代理店報酬の帰属

(1) 前期(一)の観点に立てば、本件代理店報酬が法律上だれに帰属するかは、Aの契約の相手方がだれであり、Aがだれに本件代理店報酬を支払ったかの問題に集約される。

これを本件についてみると、原告は、Aとの間で、本件代理店契約を結んで生命保険募集に関する業務を営んでいたものであり、本件代理店報酬は、右契約に基づきAから原告に対して支払われる報酬による収入である。この点、Aも本件代理店報酬につき、これが原告に帰属するものとして源泉徴収を行い、原告を納税義務者とする所得税を所轄税務署長に納付していた。

一方、原告は、本件代理店契約を締結する際に、Bとの間で、本件代理店報酬は原告に帰属し、本件代理店報酬から本件源泉徴収税額を差し引いた金額を、業界の慣習に従い、顧客紹介手数料としてBに支払う旨及び預金通帳の管理、資金の移動、計算書類等の保管及び源泉徴収された所得税の処理等については、サービスとしてBが行う旨の合意(以下「本件委託契約」という。)をした。

(2) 右のとおり、Aと原告は、まさに両当事者間で本件代理店契約を締結したのであり、本件代理店報酬は右契約に基づきAから原告に対して支払われたものであり、原告は、業務遂行方法の一方法として、第三者であるBを通じて生命保険募集に関する業務を行ったにすぎない。

また、Aは、原告以外と契約を締結する意思は全くなかったのであり、本件代理店契約が原告以外の第三者との間で結ばれたものとみる余地は全くない。

さらに、本件委託契約につき、原告がBに対して対価を支払うべきか否か、あるいはいくら支払うべきかという問題は、原告の生命保険募集に関する業務の対価とは別次元の問題であり、純粋に原告とB間の問題でしかない。

以上の点に鑑みれば、本件代理店契約及びその効果は、形式的にも実質的にも原告に帰属しているものである。

(三) 右のとおり、本件代理店報酬は、形式的にも実質的にも原告に帰属するものであり、これが原告に帰属しないことを前提とする被告の本件各処分は違法である。

2  本件に至る経緯

本件委託契約は、原告の手間を省く目的を有していたものである。すなわち、Bにおいては、原告以外にも生命保険会社と生命保険募集に関する業務につき代理店契約を締結している個人(以下「個人代理店」という。)がいるが、平成四年の時点で、Bは、右の個人代理店が源泉所得税の還付請求をしなくてすむように、生命保険会社からの代理店報酬をBの収益とすることを考え、Bの所轄税務署である大阪西税務署の法人課税部門に相談の上、Bの収益として処理するのであればBが源泉徴収税額の還付を受けてもかまわないとの担当職員の発言を信じて、同年以降、代理店報酬を形式的にBの収益とする確定申告を行い、同社の平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの事業年度においては本件代理店報酬についても同様の処理をしたものである。

これに対して、平成七年に至り、大阪西税務署が法人調査を行った際に、所得税還付手続は、Bではなく、個人代理店がそれぞれ個人で行うように指摘され、Bは、右指摘に従い、法人税の修正申告を行った。

これと前後して、Bの顧問税理士である乙税理士が大阪西税務署の担当職員との間でBの法人税の修正申告にあたり、原告の所轄税務署からの更正等に関し調整が必要となることから、その際に同税務署がスムーズに処理できるようにするため連絡文書作成が必要であるということになり、甲税理士と大阪西税務署職員とが相談の上、「指導の内容」と題する書面(甲一)を作成し、右書面を元にして、西税務署職員が吹田税務署所得税課に対して連絡文書を送付した。

そして、原告も右扱いに応じて平成六年分の本件更正の請求及び平成七年分の確定申告をしたにすぎない。

3  被告の主張の不合理性

(一) 被告の主張を前提とすると、Aの源泉徴収が誤りということになるが、Aは原告と本件代理店契約を締結しているのであるから、Aが源泉徴収をしなかった場合には、所轄税務署から源泉徴収による所得税の徴収、納付の義務の不履行に対する処分がなされるのは必至であり、社会的混乱を引き起こす。また、源泉徴収による所得税の支払義務者である支払者に被告の主張するような所得の実質的帰属を判断させることは不可能であり、支払が源泉徴収の対象となるべきものであるか否か、その源泉所得税額の算出の過程が一義的に明白であることを自明の前提とする源泉徴収制度の本来の趣旨に反する。

(二) 本件代理店報酬が全てBに帰属するというのであれば、Bの申告を更正しなければならないが、この場合、被告のあらかじめ徴収した税額を還付する手段は、現行法では用意されていない。そのため、源泉徴収そのものを否定して、Aに還付し、AからBに返却するということにならざるを得ないが、この場合でも、Aは、Bと代理店契約を結んでいないので、原告を通じて返却せざるを得ない。すると、結局原告を抜きにした処理は不可能である。

(三) 仮に、本件代理店報酬がBに帰属すると主張するのであれば、Bの申告を更正すべきであり、それができないのであれば、原告への源泉徴収税額の控除及び還付を否定すべきではない。

(四) 原告は、大阪西税務署の指導に従って行動してきたものであり、税務署において右指導が誤りであるとの最終判断を下したのならば、是正手段を講じるべきであるにもかかわらず、本件においては、何らそのような手当はとられていない。このような経緯があるにもかかわらず、本件各処分を行うのは信義に反し認められない。

三  被告の主張

1  法一二条の解釈

法一二条は、事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属する旨規定している。

右規定によれば、収益の帰属主体は、契約者名義等が誰であるかに係わらず、その収益について支配的影響力を及ぼす者が誰であるか、また、誰の収入に帰したかにより決せられるべきである。

2  本件においては、以下の事実を指摘することができ、これらの事実によれば、本件代理店契約における原告の名義は形式上のものにすぎず、実質的には当該契約に係る業務は全てBが行っていると認められ、法一二条の規定により、本件代理店報酬は、Bに帰属するものというべきである。

(一) 原告は、本件代理店契約を締結した当時、Bに正社員として勤務し、同社から給与の支払を受けていたものであるところ、本件代理店契約は、保険募集の取締りに関する法律(昭和二三年法律第一七一号、平成七年六月七日法律第一〇五号による廃止前のもの。以下同じ。)一〇条によって、Bが複数の生命保険会社と代理店契約を締結することができなかったため、原告とAとの間で締結されたにすぎないものである。

(二) 原告は、本件代理店契約締結後、Bとの間で、本件労働契約書を作成し、本件代理店契約に係る報酬はすべてBに帰属する旨契約している。

(三) 代理店としての業務である保険募集業務の全てはBが行っている。

(四) 原告は、代理店であれば通常作成している代理店業務に係る帳簿書類等を作成していない。

(五) 平成七年一月以降、本件代理店報酬はBの口座にAから直接振り込まれており、右口座の管理も実質的にBが行っている。

(六) 右実体を反映して、原告は、平成六年分の所得税の確定申告においては、本件代理店報酬はBに帰属すべきもので、原告の所得にならないとし、Bは、所轄税務署から指摘を受けるまで、本件代理店報酬及び本件代理店報酬に係る源泉所得税額を同社の益金として、法人税から右源泉所得税額に係る税額控除を受けていたことが推認できる。

そして、Bが、所轄税務署から本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額は税額控除の対象とならない旨指摘を受けたことから、原告は、源泉徴収税額相当額の還付を受けるべく、平成六年分の当初の確定申告の内容を翻し、更正の請求により、また、平成七年分については、確定申告において、被告課税庁から還付されるかどうか極めて不確定な本件源泉所得税額相当額を自己の所得であるとする旨の主張に変更したものである。

第三当裁判所の判断

一  法一二条の解釈

法一二条は、「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属とするとみられる者が単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する」と規定し、実質所得者課税の原則を明らかにしている。

右の「収益を享受する」とは、経済的に収益が帰属することを意味するとの解釈も成り立ち得るが、法一二条が法律上収益が帰属するとみられる者が「単なる」名義人である場合にその者以外の者に収益が帰属する余地を認めていることからすると、問題となる収益が私法上は名義人に帰属し、名義人以外の者が単にその収益を消費している場合には当該収益は名義人に帰属するとする趣旨と解され、結局「収益を享受する」とは、収益が経済的に帰属することを意味するのではなく、私法上帰属することを意味すると解するべきである。このような解釈は、法的安定性の見地からも支持し得るものである。

しかし、私法上の帰属を判断するには、実質所得者課税の原則が担税力に応じた公平な課税を実現するための要請であることからすると、本件のように事業による収益の帰属が問題となる場合は、その者が、当該事業による収益を実質的に支配しているか否かで判断すべきであり、ある事業が何者かの名義において行われる場合であっても、名義人以外の者がもっぱら自己のために当該事業活動を行い、その成果を直接自己に帰属させている場合には、右収益は右名義人以外の者に支配されていると言うべきである。そして、具体的には、当該事業に関する名義人と名義人以外の者の能力、関与の程度、収益の管理状況等を総合勘案して、いずれが当該事業の経営方針や収益等につき支配的影響力を有しているかによって判断すべきである。

また、前述のように実質所得者課税の原則が、担税力に応じた公平な課税を実現するための要請であることからすると、右収益が法律上だれに帰属するかの問題は、名義人と名義人以外の者の間において法律上どちらに帰属するかの問題であり、本件における収益のように収益が第三者から支払われた報酬であるような場合に、その報酬の支払者との関係で、何者が法律上その報酬を受領する権限を有するかとは別個の問題であるというべきである。

以下、右観点に立ち検討する。

二  前記第二、一の事実、証拠(甲二、三、五、六、乙一、二、四)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  本件代理店契約締結の経緯

訴外乙(以下「訴外乙」という。)は、Bの代表取締役であるが、従前保険募集の取締りに関する法律一〇条一項によって、Bが複数の生命保険会社と代理店契約を締結することができなかったことから、従業員や縁故者を個人代理店として、それぞれ生命保険会社と代理店契約を締結させ、Bにおいて複数の生命保険会社の商品を扱えるように企図した。

そこで、訴外乙は、原告、丙、丁、戊及び己に対して、代理店資格を取得させ、実質的な生命保険募集に関する業務はBにおいて行うこととした。

2  原告の就業状況及び本件代理店契約に係る生命保険募集業務の態様

原告は、平成二年四月二六日のBの設立のころから、同社に正社員として勤務して経理事務に携わってきたものであり、平成六年及び平成七年においてBから給与の支給を受けていた。

原告は、平成六年四月一一日付けでAとの間で、本件代理店契約を締結したが、平成六年及び平成七年において、自らが本件代理店契約に係る生命保険募集に関する業務を直接行うことはなく、全てはBが行っていた。

また、原告は、代理店であれば通常作成している代理店業務に係る帳簿書類等を作成していなかったし、Aから送付される関係書類等もB所在地に送付されていた。

3  本件代理店報酬の処理

(一) Aからの源泉徴収税額を控除した後の本件代理店報酬は訴外C本店営業部の原告名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)に一旦振り込まれていたが、本件口座に係る通帳及び印鑑は、Bが保管、管理しており、振込の直後に同額の金員が出金されてB名義の普通預金口座に入金されていた。

また、平成七年一月以降本件代理店報酬は、原告の依頼に従いA大阪支社からBの口座に振り込まれている。

(二) 原告は、本件代理店契約締結後、Bとの間で、本件労働契約書を作成し、本件代理店契約に係る報酬はすべてBに帰属する旨契約している。

ところで、原告は、本件労働契約書が、源泉徴収税額相当額を便宜Bにおいて法人税からの税額控除を受けるために作成したものにすぎず、原告とB間には本件委託契約が締結され、原告も源泉徴収税額相当額を実質的に享受していると主張する。

しかし、原告主張の本件委託契約締結の内容からすると、Bから原告に対して源泉徴収税額相当額が交付されるはずであるが、右交付の事実を認めるに足る証拠はない。この点、大津地方裁判所平成一一年(行ウ)第二号、同第三号事件における大石税理士の尋問調書(甲三)及び訴外乙作成の陳述書(甲五)によれば、むしろ、源泉徴収税額相当額がBから原告に交付されていないことが推認される。源泉徴収税額相当額の原告に対する交付が行われていない点につき、訴外乙は、経理から報告がなく、そのまま放置していたと説明するが(甲五)、Bにおいては源泉徴収税相当額を税額控除することにより収益として現実化しようとしていたものと解され、改めて経理から報告を受ける必要性が乏しく、また、原告主張の前提に立てば、源泉徴収額相当額は、原告のような個人代理店にとっては重要な収入であるにもかかわらず、原告からBに対する請求がなされた事実等を認めるに足る証拠もないことからすると、訴外乙の右説明部分は信用することができないと言わなければならない。

さらに、原告主張の本件委託契約の趣旨に従うと、源泉徴収税額相当額について、原告の所得として申告する必要があるにもかかわらず、右のような申告はなされていない。

加えて、原告の主張する本件委任契約については、特段の書面が作成されておらず、原告が提出する顧客紹介並びに集金手数料に関する覚書(甲七の1ないし10)も本件委託契約が真実締結されたことを裏付けるには不十分であると言わなければならない。

なお、原告は、Bにおける期中の会計処理において原告からBに対する入金額(源泉所得税額を控除したもの)を手数料収入として計上していたことをもって本件代理店報酬が原告に帰属していることの根拠と主張する。しかしながら、期中の会計処理において、税引後の金額を、税引前の金額に修正して計上するか否かについては、それぞれ企業の選択にゆだねられているところ、仮に、税引後の金額を期中において計上したとしても、期末において、源泉徴収税額相当額を収益に計上することを要するのであるから、結局のところ、選択した会計処理の方法いかんにかかわらず、同一の所得が算出されることになり、したがって、右会計処理の扱いのみによっては、前記認定を覆すには足りないというべきである。

以上の事実を総合すると、原告とBの間では、本件労働契約書記載のとおり、源泉徴収税額相当額を含む本件代理店報酬全額がBに帰属するとの合意があったと推認することができ、右推認を覆すに足る証拠はない。

4  申告の経緯

(一) 従前Bでは、丙税理士が関与していたが、Bの法人税の確定申告に加え、平成四年分及び平成五年分の丙、丁、戊及び己の確定申告書についても、丙税理士が訴外乙からの依頼で作成していた。

丙税理士が作成したBの確定申告書においては、各生命保険会社と個人代理店間の報酬は、いずれもBに帰属するとの前提で作成され、各生命保険会社が個人代理店の代理店報酬につき源泉徴収した税額相当額については、Bにおいて法人税から税額控除を受ける前提で作成されていた。

(二) 原告の平成六年分の所得税の確定申告書には、(代理店報酬、A)として、収入金額及び源泉徴収税額をかっこ書きした上、かっこ書きについて「上記報酬は契約により(株)Bに全額帰属させております」と付記され、原告とBとの間の平成六年五月二日付けの正社員労働契約書が添付され、本件代理店報酬がBに帰属すべきもので、原告の所得にならないとして確定申告がなされていた。

また、Bの平成六年四月一日から平成七年三月三一日までの事業年度の法人税については、本件代理店報酬に関して源泉徴収税額を含めた全額をBの益金の額に算入した上、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額相当額を法人税から税額控除して法定申告期限内に確定申告をしていた。

右各確定申告書は、乙税理士により作成された。

(三) そうしたところ、Bは、平成七年六月ころ、所轄税務署長から法人税法六八条一項の規定により税額控除の対象となるのは、所得税法一七四条各号に規定する課税標準に係る所得税額であり、本件代理店報酬に係る源泉所得税額は所得税法二〇四条によるものであるから税額控除ができない旨の指摘を受け、平成七年八月二一日に修正申告書を提出し、原告も平成七年一〇月一六日、平成六年分の所得税について、本件代理店報酬を収入金額と、本件代理店報酬から源泉徴収税額相当額を差し引いた金額を仕入金額(支払手数料の趣旨)とし、その結果事業所得金額を源泉徴収税額相当額として、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額について還付を求める旨の更正請求書を被告あて提出した。

(四) 原告は、平成八年三月一八日、平成七年分の所得税について支払者Bからの給与所得金額及び右に係る源泉徴収税額のほか、本件代理店報酬を収入金額とし、本件代理店報酬から源泉徴収税額相当額を差し引いた金額を仕入金額とし、さらに、支払手数料が一〇万五〇〇〇円あるとして、右差額が事業所得金額であるとして、本件代理店報酬に係る源泉徴収税額について還付を求める確定申告書を被告あて提出した。

なお、右確定申告書も乙税理士によって作成された。

(五) 右の申告の経緯を総合すると、B及び原告においても、当初、本件代理店報酬が実質上Bに帰属する事実を認識していたものと推認することが可能である。

もっとも、原告は、Bが原告ら個人代理店の確定申告を行った理由について、原告が還付手続を行う手間を回避するために、Bが益金として申告したにすぎないと主張する。

しかし、原告の手間を省略するだけなら、原告の還付請求手続を関与税理士が行うことで十分であり、一旦Bにおいて税額控除あるいは還付を受けて、その後原告に分配する方法をとることは、分配金の法的性質についても疑念が生じ、原告において更に修正申告をせざるを得なくなるような事態を生ずることもあり得るものであり、特段簡便な方法とは解されず、このような扱いをすることに十分な合理性が有るとは言えないから、原告の主張は採用できない。

三  検討

以上述べてきたところを総合勘案し、これに証拠(乙五ないし一〇)によって認められる、訴外乙が、平成七年分の原告の還付金(及び還付加算金)を自己のものとして収受し、原告の平成七年分の本税等の納付を行っている事実をも併ら考えるならば、生命保険募集業務の経営方針を実質的に決定していたのはBであると推認されるし、Aからの入金の管理も全てBによって行われ、本件代理店報酬は全てが担保保険代行に帰属する旨原告とB間で合意されていたものである。したがって、本件代理店報酬に係る事業である生命保険募集代理店事業については、Bが経営方針や収益につき支配的影響力を有していたものであり、Bがもっぱら自己のために当該事業活動を行い、その成果を直接自己に帰属させていたものと解され、当該事業による収益を実質的に支配して享受していたのはBであり、当該収益は法律上Bに帰属していたものと認められる。

四  ところで、原告は、被告の主張が不合理であるとして、種々の点を指摘する。

しかしながら、Aが支払う報酬の相手方が原告ではなくBであるということになれば、本来的には、支払者たるAが国に対し、過誤納金として還付請求し、BがAに報酬の支払を請求すべきものである。ただし、Aが本件代理店契約における名義人以外のBに対して返還の義務を負うか否かは、前記のとおり私法上収益が原告に帰属するのかあるいはBに帰属するかの問題とは全く別個の問題であり、別異の判断が必要であることは言うまでもない。

また、原告は、大阪西税務署の指導の内容として本件代理店報酬につき、全てBに帰属するものとして法人所得に計上するとともに、個人所得から控除された源泉所得税を法人税から控除していたが、源泉所得税は個人に帰属させるべきものとして、申告所得と所得税控除額の減額による修正申告を指導した旨の記載のある書面(甲一)を提出し、右書面が被告の見解の矛盾、不整合を示すものであると主張する。

しかし、右文書は、乙税理士によって作成されたものであり、右書面の体裁は、宛名や作成者の名義の記載もなく、極めて簡略なものであり、乙税理士作成の陳述書(甲二)及び大津地方裁判所平成一一年(行ウ)第二号、第三号事件における同人の証人調書(甲三)をもってしても右書面が大阪西税務署職員によって乙税理士あるいはBに示された見解を文書化したものと認めるには足らず、その他右事実を認めるに足る証拠はなく、右書面の存在をもって、本件各処分が信義則に反するとまでは言うことができない。

また、原告は、大阪西税務署が丙税理士に対して、源泉徴収税額相当額については、収入がBに帰属する旨を明らかにすれば源泉所得税の処理はBで行えるという説明をしたと主張し、訴外乙作成の陳述書(甲五)にはこれに沿う記載がある。しかし、丙税理士は、個人代理店の代理店契約に基づき源泉徴収された所得税額をBにおいて税額控除できるか否かという点について大阪西税務署に相談した事実は否定しており(乙四)、実質所得者課税の原則により、個人代理店の源泉税相当額を税額控除できると信じ、大阪西税務署に対しては、各代理店報酬に係る源泉徴収税額を法人税申告書の別表六のどの欄に記載するか電話で相談したにすぎないとの同税理士の供述内容もあながち不合理とは認められず、丙税理士の右聴取書(乙四)には同税理士が訴外乙に対して不信感を持った旨の記載はあるものの、同聴取書における丙税理士の供述内容の信用性を疑わせる特段の事情も認められないから、原告が主張するように、丙税理士が、大阪西税務署と相談の上、税務署職員の発言を根拠に従前の扱いをしていたとの事実を認めることはできない。

さらに、原告は、Bの申告をまず更正すべきとも主張するが、最終的にいかなる調整が好ましいかは別論として、右原告主張の更正を行うか否かは原告に対する本件各処分の是非とは別個の問題と言わなければならない。

したがって、原告の主張はいずれも前提を欠くものであり採用することができない。

五  まとめ

以上によれば、本件代理店報酬がいずれもBに帰属し、原告に帰属しないことを前提とする本件通知処分及び本件更正処分は、いずれも適法である。

また、本件代理店報酬がいずれもBに帰属し、原告に帰属しないことを前提に被告が行った過少申告加算税の本件賦課決定は、国税通則法六五条一項及び二項並びに一一八条三項に基づき算定された金額を賦課するものであっていずれも適法であり、さらに更正処分により納付すべき税額の計算の基礎となった事実が更正前の税額の計算の基礎とされていなかったことにつき、同法六五条四項に規定する正当な理由があると認めるに足る証拠はない。

第四結論

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 三浦潤 裁判官 林俊之 裁判官 徳地淳)

別表 課税の経緯

<省略>

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